あなたが逝った、その先に

父が旅立ってから、2年と少しが過ぎた。
余命1年と宣告されてから2か月後の死だった。
私が鴨川に来てしまっているので、20年以上も離れて暮らしており、
子どもたちが小さい頃は年に一回程度帰省していた。
結婚した当初一度だけ、鴨川にも来てくれた。
父の思い出を書きたいのではなく、そのあとの話について書きたい。
当時比較的近くに住んでいた弟がすぐに父のマンションに行き、かけつけた叔母夫婦とともに手続きを行った。
しかし!葬儀をする場所もない。都会でもあるため、付き合いのある寺があるわけでもない。
遺言書も、もちろんない!
幸い市営の葬儀場が空いており、家族葬を営むことになった。
つきあいのある寺がないため、本家が時折お世話になっている寺に頼むことになった。
今から考えれば読経も何もなしにして、本当に家族だけで送ってやってもよかったが、本人が何も残していないため、親戚の手前も考えて一般的な形でやることにしたのだった。
そのあとは、墓の手配や市営住宅の片付け、契約解除など。
わずかにあった相続財産分配のための遺産分割協議書の作成。
携帯や銀行、クレジットカード、県民共済の解約等。
私を含む子ども3人で分担して作業した。私が行政書士をやっていることもあって、手続きが煩雑であることを除いては、特に大変なことはなかったのだけれど、これを一人でやったり、もし残された人が誰もいない場合どうなるのだろう?と思う。
この経験をもとに、行政書士として遺言や相続、成年後見や死後事務委任に携わりたいと考えるようになった。
これについては、おいおい書いていくつもりである。
つひに行く 道とはかねて聞きしかど 昨日今日とは 思はざりしを
在原 業平 「伊勢物語」
大学受験勉強の時だったか、問題文で出てきて、衝撃的で忘れられない歌。
誰も自分が今日死ぬことなんてわからないのだから。
写真は、県議事務所の花壇。県議の奥様のご両親が、いつもきれいにしてくださっている。






